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今日の朝祷会(2020年5月22日(金))

  • 執筆者の写真: 牧師
    牧師
  • 2020年5月22日
  • 読了時間: 2分

聖書 ローマの信徒への手紙5.12-21

「しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人の人イエス・キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。」(18節)

 オセロというゲームがある。白と黒が裏表になっている石を盤上に置き、相手の石を自分の石で挟んで自分の石に換えいく、二人で対戦するゲームである。このゲームでは、相手の石を挟むためには二つ以上の石が盤上に残っていないといけないので、自分の石が残り一つになった時点で負けとなる。

 人間は、神さまによって愛され、善いものとして造られて、祝福されていたにもかかわらず、罪を犯したために悪いものとなってしまった。最初は白一色であったが、罪が入り込んできたために、逆に黒一色にひっくり返されてしまったのである。そして、とうとう白はたった一つだけになってしまった。

 オセロでは、この時点で人間の負けである。罪が勝利し、悪が完全に支配したことになったはずである。しかし、神のみ業においては、このたった一つだけ残された汚れなき「白」(神の恵み)の存在によって、逆にすべての黒(罪)が白にひっくり返される出来事が起こされたのである。

 このたった一つ残された「白」こそ、イエス・キリストである。この方がおられる限り、罪に勝利はないのである。罪が増したところには、恵みはますます増し加えられるのである。何という恵み、何という憐れみだろうか。

祈りに覚える人 K・M姉

誕生日の人 M・T兄

祈りに覚える教会 延岡三ツ瀬教会(宮崎県延岡市 藤原仰牧師 http://qsyu.tank.jp/miyazakichiku/nobeokamitsuse.htm

 
 
 

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