聖書 テサロニケの信徒への手紙二1.1-2.12
「それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです」(1.12)。
ここには、終わりの日、すなわち、主の再臨の日に、どのようなことが起こるのか、ということが記されている。第一に「神の判定」(5節)が下される審きが行われ、第二に、その審きによって「神を認めない者や、・・・主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになり」、第三に、「御自分の聖なる者たち・・・すべて信じる者たち」(10節)に「休息をもって報いてくださる」(7節)。そして、最後には、「わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ」るようになる、つまり、神に栄光が帰されるということである。
フィリピの信徒への手紙の中でも、「こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです」(2.10,11)と記されてある。まさに、これこそが我々の目指す人生の終着点、目的地なのである。
しかし、これに付け加えて、パウロはこのようにも語っている。「あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです」(12節)。神にのみ栄光が帰されればそれでいいのだが、神さまは、信じるすべての者に、ご自身と同じ栄光に与らせると約束しておられるのだ。これは言わば「おまけ」である。子どもが好きなのはおまけである。父なる神は、愛する御自分の子どもに、このおまけを用意しておられるのである。なんとありがたい「おまけ」だろうか。
祈りに覚える人 S・N姉
今日のお誕生日 A・H姉
祈りに覚える教会 杵築教会(大分県杵築市 工藤俊一牧師)
豊後高田教会(大分県豊後高田市 竹井真斉牧師)
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