top of page

今日の朝祷会(2020年8月18日)

  • 執筆者の写真: 牧師
    牧師
  • 2020年8月18日
  • 読了時間: 2分

聖書 ルカによる福音書9 .13

「しかし、イエスは言われた。『あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。』彼らは言った。『わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。』 」

 人里離れたところで一日中宣教をされていたその日、すでに日も傾き、夕暮れが近づいていた。当然、お腹も空いてくる。弟子たちは気を利かせて、そろそろお開きにしましょうか、と主イエスに提案する。そうでないと、こんなへんぴなところでは、食べ物を買うこともできないでしょうから、と。

 しかし、その時、主イエスは言われたのである。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と。そして、主イエスは二匹の魚と五つのパンで、男だけでも5000人の人々を満腹になさったのである。

 今日、特に注目したいのは、この弟子たちの提案に対して、「よし、一つわたしが彼らに食べ物を与えよう」と言われたのでなく、「あなたがたが」と言われた点である。もし、「わたしが」とおっしゃっていたら、弟子たちはイエスさまの御力を信じて、期待に胸を膨らませていたことであろう。しかし、「あなたがたが」と言われたものだから、弱気になって、「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません」と答えたのだと思う。自分たちには不可能だと思えたのである。

 しかし、実際のところ、どうであったか。「すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた」とある。つまり、本当に弟子たちが群衆にパンを与え、魚を与えたのである。主のみ言葉のとおりになったのである。

 主イエスがお命じになることは、我々の目からすると、まるで不可能な、あり得ないようなことのように映るかも知れないが、主がお命じになるのであれば、主はご自身の責任でもって、それを成し遂げさせてくださるに違いないのである。

 主イエスはお命じになった。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28.18-20)すべての民を主イエスの弟子にして、バプテスマを授けるなんてことができるのか!いや、できるのだ、わたしがそれを成し遂げるから、と言っておられるのである。

祈りに覚える人 T・N姉

祈りに覚える教会 高知教会 高知県高知市 黒田若雄牧師、松浦子基牧師

土佐教会 高知県高知市 成田信義牧師、高橋伸明牧師

 
 
 

最新記事

すべて表示
私の原点

こんにちは 私がココ最近で気づい事を共有、分かち合いたいと思います。 私が教会に行き聖書を学んで奉仕をして、 どれもこれも恵の分かち合いたい気持ちから 起きたことだと改めて気付かされました。 たくさんたくさんやるべき事として これやらなきゃ、あれやらなきゃ 目まぐるしくおこるあれこれ。 でも神様の恵は豊かで尊いものだと 気付かされて共有分かち合いたいと 思う思いから全ては奉仕として形になってたなと

 
 
 
家庭において聖書への向き合い方

こんにちは 久しぶりにブログを更新します。 今回のブログテーマは家庭において聖書への向き合い方についてです。 それぞれの家庭の環境に応じて色々な事があると思いますので私の取り組みや感じた事を記載させて頂きます。 私は最近から聖書ジャーナリングと称して、 聖書を家庭でも読む取り組みを始めました。 聖書の箇所は、私が使っている聖書アプリの 今日の聖書箇所を参考にしているので 毎日違います🥰 その日の

 
 
 
夏の献身修養会

西日本教会青年同盟主催 夏の献身修養会に参加してきました😊 8月19日から21日の日程でした。 献身とは神様を信じて委ねることもひとつの献身者の印であると聞いた時は驚きと発見でした。 献身といったら牧師になることだけのイメージしかなくて、どこか他人事のように感じてました。...

 
 
 

コメント


記事: Blog2_Post
bottom of page